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出の山湧水は、毎秒1トンといわれ、その湧水量は1日に約8万トン(学校の25mプールで120杯以上)もあります。
岩瀬川の源流ともなっている出の山湧水は、小林市民13000人の飲み水として、また、水産養殖用として利用されています。
現在、湧水は周辺いたるところから湧き出しており、岩の割れ目や地中から澄み切った水が、こんこんと噴き出しています。
冷たく、清澄で美味しい飲み水は、筧をつたって、臼状の受石に絶え間なく流れており、近隣から多くの人達がポリタンク持参で、名水を求めて訪れます。
水源地の水を溜める「出の山ため池」は小林市で一番大きいため池で、今から300年以上も 前の、江戸時代の延宝2年(1614年)に造られたと言われています。
現在は、公園として保全整備され、水や自然に親しむ市民の憩いの場ともなっています。
湧水が流れ込む出の山池の周りは、散策遊歩道が整備され、池から流れ出る小川は、源氏ホタルの棲息地で、5月下旬から6月上旬の風のない温かい夜など、公園内を数万匹のホタルが乱舞し、幻想的な世界を醸しだします。
この豊富で、きれいな冷たい水に育てられた魚を利用して作られた、弊社の料理が出の山公園の名物の一つとして、広く知られるようになりました。
| 泉姫物語 |
その昔、景行天皇(12年8月)は朝廷に逆らう原住民「熊襲」を平定する為に九州地方へご征伐に来られました。無事に熊襲を鎮静なされた天皇は、18年(西暦72年)3月21日京にお帰りになる途中、夷守(現在の小林)にお立ちよりになり、衛府のあつた細野水落の公館にお入りになりました。
当時、出の山を囲んでいる丘はこの地域を支配する豪族の館の跡で、この豪族には「諸県の君」と呼ばれる美しい泉姫がいました。 荒武者と一緒に駐屯する中、姫が出の山から汲んできた湧き水でたてた一服のお茶に天皇は戦いに疲れた心を慰められました。
いつしか天皇と姫は温かい愛情で結ばれ、思わず滞在の日を重ねられました。やがて天皇は姫との別れにに名残を惜しみながら京えと旅たたれました。現在、出の山に水神として祭られているのは、都へ去られた天皇に恋焦がれて池に身を投げ、池の守り神として蛇に化身した、この清らかな泉姫と言い伝えられています
今から約1900年前、都の尊き方と郷土の豪族の娘との間に咲いた恋の物語です。今でも毎年4月13日には水神さまを祭る「弁財天祭り(びじてん講)」が行われています。 |
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